TEL.0877-59-0082
みのりクリニック
訪問看護ステーションみのり
看護小規模多機能型居宅介護 然

認知症の治療

認知症とは「いったん正常に発達した知的機能(記憶能力、思考判断力、言語機能など)が持続的に低下し、複数の認知障害があるために、社会生活に支障をきたすようになった状態」を言います。
頻度は比較的高く65歳以上では10人に1人、85歳以上では4人に1人と言われています。また「アルツハイマー型認知症」と呼ばれるものが約7割です。

単なる物忘れとは全く異なります。
認知症には大きく分けて二つの症状があります。

認知機能の低下、つまり病気の本質である中核症状(思考・推理・判断・適応・問題解決能力の低下)とそこから発生する様々な問題行動(徘徊・睡眠障害・攻撃的行動・不安・抑うつ・幻覚・妄想・介護への抵抗など)をさす周辺症状です。

認知症を患っている患者様ご本人は中核症状に苦しむのですが、介護者である家族の皆様は周辺症状に悩まされます。
しかし周辺症状の一部には認知症に対する理解不足から、患者介護者の関係が壊れ発生するものも少なくありません。

認知症の方々は

  • まわりの世界と自分の世界がずれていく
  • まわりの世界がつかめない
  • まわりの世界が自分を脅かす
  • 自分の体が自分を脅かす
  • 自分自身が崩れる
  • (記憶に焼き付いている)大切な出来事や大切な人が、今まさにここに存在する

のようなことを感じているのです 

当院では、認知症の診断・治療は勿論、その病気の本質について解りやすく説明するとともに、介護者の立場に立って、その悩みに寄り添い、解決していける方法を極力見つけていきます。

薬物療法はその一つに過ぎません。時には訪問介護を行い更衣や入浴の支援、デイサービス等への送り出しを援助、さらに受診を拒否する場合には在宅診療を行います。

ケアマネージャーとも密に連絡を取り、認知症の進行状況に応じた医療看護介護を提供します。

認知症の家族を持ち、介護に疲労や絶望を感じている介護者様、また止むを得ず一人暮らしの高齢者を持つご家族様、是非あきらめることなく当院へご相談ください。

私が認知症治療介護を行ううえで、いつも心においているパットムーアの詩を掲載します。
是非ご一読ください。

「認知症とみなされていた老婦人の遺品のなかから、入院中につづっていた詩がみつかりました」パット・ムーア : 変装、朝日新聞社.1988より引用

何が見えるの、看護婦さん、あなたには何が見えるの

あなたが私を見るとき、こう思っているのでしょう

気むずかしいおばあさん、利口じゃないし、

日常生活もおぼつかなく目をうつろにさまよわせて

食べ物をぼろぼろこぼし、返事はしない(略)

おもしろいのかおもしろくないのか

あなたの言いなりになっている(略)

これがあなたの考えていること、あなたが見ていることではありませんか

でも目を開けてごらんなさい、看護婦さん、

あなたは私を見てはいないのですよ

私が誰なのか教えてあげましょう、ここにじっと座っているこの私が

あなたの命ずるままに起き上がるこの私が(略)

あなたの意志で食べているこの私が誰なのか

私は十歳の子供でした、父がいて母がいて

兄弟、姉妹がいて、皆お互いに愛し合っていました

十六歳の少女は足に羽根をつけて

もうすぐ恋人に会えることを夢見ていました

二十歳でもう花嫁、私の心は躍っていました

守ると約束した誓いを胸にきざんで

二十五歳で私は子供を生みました

その子は私に安全で幸福な家庭を求めたの

三十歳、子供はみるみる大きくなる

永遠に続くはずのきずなで母子は互いに結ばれて

四十歳、息子たちは成長し、行ってしまった

でも夫はそばにいて私がかなしまないように見守ってくれました

五十歳、もう一度赤ん坊が膝の上で遊びました

私の愛する夫と私は再び子供に出会ったのです

暗い日々が訪れました、夫が死んだのです

先のことを考え、不安で震えました

息子達は皆自分の子供を育てている最中でしたからそれで私は、過ごしてきた年月と愛のことを考えました

今私はおばあさんになりました。自然の女神は残酷です

老人をまるでばかのように見せるのは、自然の女神の悪い冗談

体はぼろぼろ、優美さも気力も失せ

かつて心があったところには今では石ころがあるだけ

でもこの古ぼけた肉体の残骸にはまだ少女が住んでいて

何度も何度も私の使い古しの心をふくらます

私は喜びを思い出し、苦しみを思い出す

そして人生をもう一度愛して生き直す

年月はあまりにも短かすぎ、

あまりにも速く過ぎてしまったと、私は思うの

そして何物も永遠ではないという厳しい現実を受け入れるのです

だから目を開けてよ、看護婦さん

一目を開けて見てください

気むずかしいおばあさんでなくて

「私」をもっとよく見て!